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好きな映画・舞台などの感想を綴っております。
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2006.6.27
時は元禄。 青木宗左衛門は父の仇を討つために上京してきていた。 実家からの仕送りを受けながら、江戸の下町長屋に身をひそめている。 この時代、仇討ちに成功すれば百両がもらえた。 仇討ちできて百両がもらえる。 身を潜めてでも仇を探すのは当然かもしれない。 だが仇を探しているといいながら、どうも乗り気ではない妙な宗左衛門。 実はもう以前から仇を見つけていたのだが、仇討ちに踏み切れないでいた。 それというのも、道場師範の嫡男でありながら、宗左衛門は剣術がからっきしダメだったのだ。 宗左衛門の仇討ちは成功するのか? それとも……。 強さってなんだろう? そう思えた作品。 剣を振るうことが強さという人がいるかもしれない。 でもケンカをしない強さ、じっと耐える強さ、笑い飛ばせる強さ、逃げる強さ、見守っていく強さ、赦す強さ、色々な強さがあると思う。 この映画に出てくる人は社会的には弱者かもしれないけど、でも決して弱くない。 それぞれの胸に強さを持っている。 最初主人公は自分の弱さに逃げて、でも父親の遺言に縛られて身動きが取れなくなっているけど、色々な人たちの強さを見て変わっていく。 本当に父親が残した遺言は仇討ちだったのだろうか? もしかしたら武士として華々しく散ることなく死んでいくことへの無念のために残した遺言かもしれない。 だけど本当にそれだけだったのなら、武芸の達者だった次男の方に言った方が確実だったはず。 だけど遺言を、思いを託したのは武士としてはうだつの上がらない長男だった。 武士としての誇りを持たせるために、わざと遺言を託したのだとしたら? 死して残せるものがそれだけだと思ったとしたら? 仇討ちなんて望んでいなかったかもしれない。 そう思うともう一つの関係が見えてきて、また面白くもありました。 ただお父さんは死んでしまっているし、仇討ちはしないと面目も立たないし、でも新たな道を歩いている敵を前にして主人公がどういう道を選ぶのかということには相当ヒヤヒヤさせられます。 でもあの選択は非常にユニークで私としては好きでした。 復讐の連鎖ってのはまた新たな復讐の心を生み出すだけで、他には何も生まないと思うし。 ‘桜は来年咲くと知っているからこそ、潔く散って来年に思いを馳せる’じゃないけど命があるからこそ、次をまた考えられると思う。 笑いがあって、強さがあって、ちょっぴり切なさがあって、どこか人情味溢れている。 主人公の叔父さんじゃないけど 「この長屋にちょっと住んでみたいなあ」 と思わされました。 PR
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いつの間にか映画が好きになり、結構な勢いで見ております。
いつか映画検定もちゃんと受けたいなあと画策中。
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